写真講義| Luigi GHIRRI

”写真家とは、外部世界についてイメージという見地に立ち必要な答えを出すべく、経験、職業的専門性、豊かな文化的知識をあずさえて行動する者”

Luigi GHIRRI『写真講義』
第1章 「自分を忘れる」より

パナマ産のコーヒー、ゴールデンビートル。

まるで運河に導かれるように、
GHIRRIの写真精神に引き込まれていく。

身体は自宅にいて
思考は完全にイタリアでパナマ産コーヒーを飲んでいる。

そして外界が客観視されていく。

Instagramの隆盛にわたしは戸惑う。

きっとそれは商業的な意味合いに符号しなければ、写真家と言えないのだろうか?

正直、抵抗がある。
(多少アップしてみたが、なんともしっくりこない。

形式も、タイポグラフィーも余白も選べない
それは、写真の食べ放題のレストランのような空間。

そこに、自分の精神世界というべき写真を解き放つべきだろうか ——?

錬金術にも似た繊細な作業を通じて、私たちの内面 —— わたしの写真家 — 人間としての内面 —— と私たちの外で行き、私たちがいなくとも存在し、撮影した後も存在し続ける外的な存在物との均衡点を探し当てる方に向かわなければなりません。

Luigi GHIRRI 『写真講義』

わたしはフォロワーや数がすくなくとも自分とは切り離された「写真作品」としてこの世にプリントとして存在し続ける写真をつくりたい。

それはまるで子どもを育てることと
なんら変わりがない。

コーヒーの薫りと味を楽しむように、
自分とは違う存在である我が子、つまり作品が
他の人の人生に問いを投げかける存在になってくれれば本望だ。

人が多い少ないに関係なく。

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