ジミな旅 | à Yokohama

五月晴れの横浜駅を背に向け、高崎線に乗り込んだ。

 

娘は初めて乗った船ではしゃぎすぎたせいか
本人の熱気と斜陽から解放された
涼しい車内ですぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日、夫は東京での打ち合わせ。
ホテルで家族揃って朝食をとった後、
急いで仕事へと向かった。

 

寂しそうにエレベーターが閉まった後も
だれもいないホールの中で
彼女は大好きなパパに手を振っていた。

 

 

「もしかしたら、
この娘に“豊かさ”とは何かを教え導くために
私はこの世に生を受けたのかもしれない……。」

 

 

帰りの新幹線、乗り換える大宮駅の構内で深く眠った娘を乗せたベビーカーを押しながらそんな考えが上からポツンと落ちてきた。

それはまるで朝露の中の葉から落ちてきた雫のように。
豊かさとは一体なんだろう?

お金がたくさんあることなのか?

時間にゆとりがある暮らし?

 


何度も横浜に来ているのにまるで知らない街のようだった。

 

結婚して、伴侶ができて、
なかなかコウノトリがこない悶々とした日々を通り抜け
ようやく
子どもを授かった。

 

そうして今、
「ママ」といわれる自分の姿があった。

 

 

 

花盛りの山下公園
何度も来ているはずの中華街の「山東」
イギリス庭園に満開のバラ、海の見える丘公園
異人館

 

同じ場所を同じ時期に訪れたことがあるのに……。
横浜での時間は愛おしく、まるで見知らぬ場所のように見えた。

 

 

ずっと、ひとり暮らしだった自分が
今まで持ったことがない庭を持ち、

バラや植物を育ててみると
その手入れがどれほど大変かを身を呈して知ったのだった。

 

そして、その庭の手入れがまるで
前回のブログにも記したけれど、
夫婦関係のように大切であることも知ったばかりだった。

 

 

ひとは苦労をするたびに
物の見方が変わってくる。
それが人間としての成熟を促してくれる。

 

人との出会い、
それもまた心のレンズの研磨剤だ。

 

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ある朝、読んだ朝刊の記事を思い出す。

それによれば、パリの高級日本料理店で「蕪蒸し」が定着しつつあるという。

 

それによるとソースを “加える” ことによって
全体のバランスを取るのがフランス料理。

それに対して、

日本料理は「うまみ」を主体とした「出汁」を用いて
食材の持ち味を “引き出す” ことに違いがあるとか —— 。

 

それゆえ、最初は不評の連続だったという。

フランス料理の味付けに慣れた彼らの舌は
その一皿に込められた味を見つけ出せなかったからだ。

かぶら(蕪)は文字通りくさかんむりに「無」と書く。

 

その繊細な食材は、
出汁によってその「甘み」を最大限に引き出される。

 

地味だけれど、滋味な一皿。

 

 

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地味のなかに「滋味」を見出す、
それこそが「豊かさ」なのかもしれない。

 

20代の頃に訪れた横浜、
30代にようやく母となって訪れた横浜。

 

まったく違う感じがするのは
おそらく、自分自身がすこし成熟からか?

 

母となった私は食材ではなく
出汁なのかもしれないなぁ。。。

 

そんなことを考えながら、
夢の中にいるわが子に自分の首に巻いていたストールをそっと掛けてやった。

 

 

Le 23, mai 2019