庭の生活 | Kakuda, or life in the garden

 

 

 我が家のラベンダー

 

連休中、10年ぶりにフランス時代の友達に再会。

南仏育ちの彼女と出会ったのは、パリ19区の寿司屋のバイト先。
私が電話番として宅配のお寿司の注文を受け、彼女が配達者。注文品をスクーターに乗って届けてくれた。

 

いわば、相棒の仲。
(フランス語ゆえに、住所をときどき聞き間違え、そのたびに”いいかげんにしろよっ!ちゃんと確認しろよ!”と形相を変えて叱られたことが懐かしい)

 

彼女は当時1歳の子どもを連れて離婚。
そして、シングルマザーとなり、11歳となった息子を連れて宮城県まで遥々わたしと娘に会いにやってきた。

 

コンクリートで遮られていた時空。それがまるで、いとも簡単に魔法の杖で一瞬にして消えたように、私たちは手を取り合った。10年ぶりでもまるで昨日あっていたかのように。

 

 

一人で子供を育てるには、きっといろいろな苦難があっただろう。
彼女は夫婦関係を絶妙な例えにまとめる。
”La relation entre couple, il faut entretenir comme un jardin”
(夫婦関係とは、庭のようなもの。手入れをしなければならないから)

ブルーベリーの花が咲き始めた
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庭は訪れた人を幸せにしてくれる—。
でも所有する人にとっては、骨折り損の繰り返しなのだ。

 

綺麗な花々を育てるには、肥沃な大地が欠かせない。
肥料を与える。除草をする。植物が今後、もっと大きく枝葉が広がるようにようにと願いながら、咲きそうな芽をあえて摘む。

 

そのうえで、虫がこないように寄せ植えの相性を考えたり、薬を散布したり、あの手この手をつかって育てていく。日当たりが悪く、芽吹かずに立ち枯れることもよくある。

 

それでも何か、何かしらの手応えがある。
手をかければかけるほど、失敗すればするほど、植物の特性がよくわかってくる。

 

ひとりで手に負えない場合もある。
その時は専門家や除草をやってくれる協力者の力を借りることも大事。

そう、これこそが「夫婦」というものなのだろう。

 

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我が家の庭も新緑が芽吹き、藤はかぐわしい香りを漂わせている。

昨日、日没後の午後7時半。4歳の娘は暗くなった庭にいっぱいにひろがる甘い香りが嗅ぎたい、と私の手を強く引っ張ってせがんだ。—暗闇が怖いにもかかわらず。

 

パリの街中をバイクで乗り回していた20代の自分が鮮明に蘇る。
我が家の藤の薫りはPorte d’Italie の広場に咲くライラックを思い起こす。バイクの音、寿司屋のバイトで重くなった足、生暖かい5月の風、青春……etc.

 

この庭で育つ小さき娘は10年後、どんな子になっているのだろう?
藤の甘い香りを嗅ぐたびに何を連想するのだろうか?

 

クリスマスローズ