マルセル・デュシャンと石岡瑛子はマティスに傾倒していた、という意外な事実を知った朝イチバン。 

「マティスの色彩は……その場では、捉えようがありません。あれは透明で、推察するに、ごく薄い色彩です。しかし、あなたが彼の絵の前を立ち去った後になって、はじめて、絵があなたを捉えて離さなくなることがわかるでしょう。……マティスへの私の興味は尽きることはありません。」 マルセル・デュシャン

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「マティス」の画集を床に広げて眺めることから、1日が始まりました。朝一番に眺めるマティスの作品はまるで朝露に濡れた新鮮なレタスのサラダを食べているかのよう。
フォーヴ(野獣派)の重鎮であるアンリ・マティスの作品はキュービズム風なものを除いて、私の世界観に大きな広がりと深みを与えてくれた。年齢を重ねたから?フランスでの暮らしがあったから?マティスが好んで用いた色であるピンクやグリーン、明るい黒に透明な赤に自然と魅せられるようになったのはどうしてだろう?小学校の図画工作の教科書にも載っていたので目にする機会は少なくなかったのに、今になってどうしてこうも強く惹かれるのだろう。図書館から借りて来たこの画集「現代世界の美術 マティス」(集英社、1986年発行)は、なんと石岡瑛子さんのエッセーつき!石岡さんも学生時代はマティスにあまり感心がなく、まわりの友人がキャーキャー言っているのを横目で見ていた程度と告白している。しかし、フランスの友人に連れられて訪れた南仏にて、マティス自らが設計と内装を手掛けた教会への来訪が、後に世界的デザイナーとなるEIKO ISHIOKAの創造性を大きく掻立てたという。5ページにも及ぶエッセーは、次の言葉で締めくくられている。
「過剰にあふれ出ているコンビューター・アートやプリント・アート、あるいはテレビのブラウン管から絶え間なく発信される映像は、私の日常にずうずうしく入り込んできて、私に意識革命を強要しようとする。そのような時に出会うマティスの作品は、屈折しかかった私の精神に心地よい風を送り込んでくるし、見失いかけそうな正気を取り戻させてくれる。このような、まるで歴史の暴力的な歩みを無視するかのように、キャンバスに絵の具やコンテで、サラサラサラと心のおもむくままに自分を描いているマティスの作品を、私は「自然体絵画」とでも呼びたい。マティスと向いあっていると、何ものにもこだわらない解放された自由な創造の心とはいったいどういうものかについて深く教えられる。
 マティスの作品は、そういう意味で、私の大切な精神安定剤である。」