メディアは新しいファシズムの形だわ


「メディアは新しいファシズムの形だわ。あなたはそう思わない?」

リチャード・リンクレーター監督、95年の作品「恋人までの距離(ディスタンス)」(原題:Before Sunrise)は欧州鉄道で偶然に知り合った若い男女をドラマティックではなく、あえて等身大のリアリティーで描いた秀作。きっとこの監督も、エリック・ロメール作品が好きなんだろうなぁ……。それは置いておいて、その中でジェシー(イーサン・ホーク)がセリーヌ(ジュリー・デルピー)に「世の中で気にくわないことはなんだ?」と問いかける。そこでフランス人女性、セリーヌは目の前にイケメンがいようとも決して媚びることなく、メディアのファシズム性をとうとうと批判する。よしんば彼が自分のことを気に入っているとしても全く気にする様子は一切ない。でもこれは映画の中でのおはなし。ちなみにこの映画を私は高校生の頃にみたのだが、大人になって自分がセリーヌに似た華奢なフランス人女性から全く同じ問いを投げかけることになろうとは……。

 それは昨夏、フランスの友人の結婚式に招かれてワインで有名なメドック地方に赴いたとき。招待状に添えられた地図を手に最寄り駅に降り立つと、あたり一帯全部ぶどう畑。その駅もかろうじて無人駅であることを免れたさみしい駅だった。こんな田舎においてはアジア人が相当珍しいらしく、公園でペタンク(フランス版ゲートボール)をしているおじさん達がまるで私たちがお祭りの山車であるかのようにジロジロ、チラッチラッと視線を送ってくる。会場近くにあるホテルに行こうと、ひとりしかいない駅員に道を尋ねると「歩いて45分ぐらいかな〜。そのスーツケースがあるなら、1時間弱かかるかもね〜。はい、これタクシーの電話番号」とおにいさんとおじさんの中間のような駅員がガムをくちゃくちゃさせながら教えてくれた。(これでもフランスではかなり良い待遇)携帯を取り出し教えられた番号に掛けると、これまたガムを噛んだタクシー運転手が「お客を乗せている途中だから、駅まで迎えに行くのにあと1時間ぐらいかかる」と言う。連れもいたので一度はお願いしたが10分後にまた電話して断った。ほぼ無人の駅の前でオヤジたちの好奇の視線に曝されるぐらいなら、まだ1時間歩いたほうがマシだもの。それにちゃんと1時間以内に迎え来てくれるとは限らないし。ということで、てくてくホテルまで歩いて行くことに。汗ばみながら15分ほど歩いていると絵本のおとぎ話に出てくるような二又分岐路。そこにお花屋さんが一軒ぽつりんと立っている状況がさらにまたおとぎ話らしくしている。するとそこからユリの花束を抱えた40代とおぼしき女性が登場。すっかり困っていた、そして疲れ果てていた私たちは彼女に道を訪ねると「そこらまで行く用事があるから、送って行くわ」と私たちの荷物を車につけてくれた。車に乗ると彼女は福島での原発事故をとても心配していた。私が福島に住んでいたと話すと、目を丸くして「今朝、家族とFUKUSHIMAの話をしていたのよ、偶然だわ」と驚いていた。同時にフランスにおいて原発事故の報道が7月以降ぱったりと途絶えてたことを危惧していた。それもそのはず、フランスの原子力会社AREVAは福島の原発事故の煽りを受けて最大1640億円もの損失を出したからだ。同社はこれ以上フランス国内で反原発のストライキが強くなることを警戒した。それもそのはず、原発停止に追い込まれたドイツのメルケル政権の二の舞になることを強く恐れたからだ。行政から独立した自由な報道を尊ぶフランスのジャーナリズムでさえも原発というお金と権力が動くあまくて美味しい果実の前では無力であることを彼女は強く嘆いていた。「メディアは新しいファシズムの形だわ。あなたたちはそう思わない?」そこにはユリの花を抱えていた可憐な女性ではなく、憤りと怒りに満ちた女性がハンドルを握っていた。そうこうしているうちに車がホテルに到着。彼女はメールアドレスが書かれたメモ用紙を差し出し「福島の情報を時々教えてほしい」と言って、私の手を強く握った。

昨日の深夜1時ごろ、私の携帯が何度も鳴った。フランスで重大な事件や事故などが起こると新聞社のアプリを通じてニュースがアラームと共に自動配信されるように設定しているからだ。画面には「パンリー原発、火災事故発生。しかし無事消却、怪我人はナシ。」という文字のみ。相変わらずフランスにおいて原発の情報は制限されている。そろそろあの彼女にメールしてみようかな。

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Photographe indépendante Natsumi.S.YAMADA
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